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島原 Shimabara |
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ホテルからタクシーにて長崎駅前レンタカーのお店まで来ました。島原まで行きます。行き方を聞いて行きましたが、 |
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長崎の町の中は混雑していて迷ってしまいましたが、何とか町の中を出ることが出来ました。 |
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トンネルがいくつもありました、途中から雲仙グリーンロードを通り、どうにか島原の町に着きました。 |
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ちょうど島原城の前でした。 姫松屋の具雑煮が有名なので食べてくるように言われてきましたので、早速入りました。 |
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まだ昼前だというのに、大勢の人でお店が混んでいまして、待って頂きました。 |
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お餅が入り優しい雑煮で美味しく頂きました。 |
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具雑煮の由来は350年前島原の乱のときに、総大将天草四郎はもちを兵糧として貯えさせ、山や海からの材料を |
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集めて雑煮を炊き栄養をとった言われております。これが具雑煮の始まりと伝えられています。 |
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具雑煮の温和な味は島原の郷土料理となっています。 |
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島原城 Shimabara Castle |
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徳川幕府の一国一城制により、1618年から7年の歳月をかけて造られました。当時の藩主、松倉重政が築城しました。 |
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同時に島原城下町も整備されました。 層塔風総塗込の五層の天守閣を据える本丸、北へ二の丸と三の丸を配置して、 |
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要所を三層櫓で固めました。 築城以来400年、島原地方の歴史遺産や江戸時代の庶民の暮らしが知ることができます。 |
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現在の天守閣は1,964年に復元しました。 |
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早速、城に登りました。5階までありそれぞれの階には歴史や民族の物が展示してありました。 |
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5階は天守閣、展望所になっておりました。島原市内や眉山、海が綺麗に見えます。 |
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武家屋敷 Bukeyashiki |
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島原城の西に広がる基盤目状に区画された一角に残る下級武士の武家屋敷跡、土塀や石垣が藩政時代の |
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街並みを残しています。 当時は700戸が軒を連ね街並みを形成してました。道路の真ん中には生活用水として |
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使われていた水路が残っております。綺麗な水が流れています。 |
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鯉の泳ぐまちと呼ばれている名所には地域住民によって美しく保たわれた水路に色鮮やかな錦鯉が泳いで |
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おりました。湧き水が湧く庭園には大きな錦鯉が沢山、 城下町の風情を感じながら散策しました。 |
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雲仙地獄 Unzen hell |
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古湯と新湯の間の白い土におおわれた一帯が雲仙地獄地帯です。 地獄とは仏教の教えで前世の悪業の苦報を受ける所という |
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意味ですが、至る所から高温の温泉と噴気が激しく噴出し、強い硫黄臭が漂う中、湯けむりをもうもうと立たせるさまは、 |
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恐ろしげな地獄の景色です。雲仙地獄のエネルギー源は、橘湾の海底のマグマ溜りだと考えられています。 |
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このマグマ溜りから発生した高温高圧のガスは、岩盤の裂目を通って上昇し、激しい噴気となって現れております。 |
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あまりにも激しい噴気に驚きました。歩いていても一瞬前が見えなくなります。この地獄で蒸した卵を買いました。 |
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