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西海国立公園・若松瀬戸に架かる全長522mのトラス橋です。橋の両側には潮の香薫る守崎公園・上中島公園 |
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海沿いの遊歩道等があり若松瀬戸と、瀬戸に映える大橋を一望することができます。 |
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橋の中央付近の渦潮やたもとの入り江の海の色、橋の下を大小の船が行き交うなどドラマチックな風景に出会えます。 |
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周辺のさまざまな場所から橋の姿を見ることができます。時間を忘れていつまでもここで見ていたいと思いました。 |
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素晴しい眺めが心の奥深く残りました。 |
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初代教会は、1914年に青方小学校を半分買い受けて建立。 その後1932年に前教会堂の材木の良い部分を使って2代目の教会堂が |
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1984年に現教会堂を建立しました。国道からすぐの山手に見ることができ、緑の中に映える白い外壁が美しい教会です。 |
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世界初の洋上石油備蓄基地を展望できる高台にあり、教会からの眺望も美しいです。コンビナートが沢山並んでいます。 |
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外海地方の出津・黒崎・池島などから移住してきたキリシタンの子孫が住んでいます.1916年鉄川与助の設計施工で現教会堂が建てられました。 |
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旧教会堂は若松島の土井ノ浦に移築されています.現在の教会は、煉瓦造りの重層屋根構造、内部は3廊式でリブヴォールト天井をもち、 |
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外壁には煉瓦の凹凸や色の違いを用いた装飾が行われています。ちょうど修復中の為外観は見えませんでした。 |
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冷水では五島崩れで迫害を受けた信徒は、逃れて戻ることはなかったらしいです。今の冷水のほとんどの信徒は、迫害後、 |
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近辺や平戸や下五島などから移住してきた人々であるという。 1907年にようやく、現在の木造教会堂が建ちました。 |
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近くの丸尾郷出身の鉄川与助が棟梁となって初めて手掛けた教会堂であります。 |
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木造の建物で,鉄川与助の独立した最初の作品,中は広くてステンドグラスがとてもきれいです。 |
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奈摩湾入口にあり、円錐形の奇岩と複雑な海岸線が美しい。 展望所から見る雄大な景色や、東シナ海に沈む夕日が素晴しいです。 |
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その昔、奈摩湾に侵入する外敵の見張りのために、矢(守備兵)で堅(砦)めたことに因んで、この地名が残されたと説明板にありました。 |
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展望所からは眺める山々、複雑な海岸線や透き通った海などすばらしい景色が楽しめました。 |
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1960年から1970年にかけて近隣の信徒たちが集団移転により、上五島の中心である青方地区に移住を始めたため信教徒が急増しました。
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1975年に聖堂が建立されました。 2000年に現在の教会堂に建て替えられ、上五島地区カトリックセンターとしても機能しています。 |
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青方港近くに美味しい寿司屋さんがあるとえび屋さんに聞いてきました。ようやく見つけた寿司屋さん夕方からの営業と言われ |
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待つわけにもいかず、エルナスパーマーケットで寿司を買いまして漁港で食べました。 |
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さすがに海の町、新鮮でとてもおいしく頂きました。美味しいご馳走を取ろうと海鳥たちが狙っていました。 |
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禁教時代に迫害が激しかった地域のひとつ。その弾圧を経験した信者たちは、禁教令が解かれた後、「五島で一番美しい聖堂を造りたい」 |
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という想いを込めてこの教会を建てたそうです。聖母マリアに捧げられた教会は、そのイメージを彷彿とさせるような白く清らかな外観です。 |
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聖堂内にはパステルピンクの天井に、鮮やかな赤い椿を思わせる装飾がアイコニックに並んでいます。 |
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教会の入り口横に設置されたルルドのマリア像がたたずんでいます。バラの花に囲まれたその姿はひときわ美しいでしょう? |
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内部の祭壇上部に地元大浦集落の信者が製作した聖母像が置かれています。その姿は西洋風の聖母像とは違いふっくらした顔立ちをしており、 |
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足元には聖母マリアに捧げて、バラの花が飾られています。 |
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あこうの樹としては、日本で唯一の国指定天然記念物。根っこが二股に分かれ、両足で地面に踏ん張ったような姿をしています。 |
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高さ25m、幹周り12mで日本一の大きさをほこります。 |
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神社へ繋がる参道をまたぐようにそびえ、まるで天然の鳥居。樹齢650年を超えるあこう樹の下をくぐると長生きできると伝えられています。 |
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寛政年間以降、外海をルーツとする人々が移り住み信仰を守り続けていました。1939年に集団洗礼によってカトリックへ |
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復帰した人数は100名にも上ったと言われています。 |
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1961年聖堂が建立。上五島有数の砂浜が美しい高井旅海水浴場近くにあり、白壁に赤い屋根がとても美しいです。 |
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1799年外海の黒崎からの移住者にはじまる教会とされ、五島崩れでは迫害を受ける前に福見を離れました。迫害の時代が終わり |
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以前住んでいた土地に戻って来た時には、土地や家は荒れ果てていましたが、再び住めるような土地に戻しました。 |
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1882年に最初の教会堂を建てましたが2年後の大風で崩壊しました。その後2代目となる現教会堂が1913年に建立されました。 |
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寛政年間、大村藩外海地区から桐と古里への移住が伝えられました。五島では桐古里郷のガスパル与作が治療のために長崎に行き |
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偶然大浦天主堂に入ってプチジャン神父を訪ね、五島キリシタンのカトリックへの復活を導きました。 |
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このガスパル与作とその父パウロ善七、ミカエル清川沢次郎を顕彰する。教会堂のある高台からは美しい瀬戸を望むことができます。 |
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無事に事故もなくレンタカー会社に車を返しました。素晴しい景観をたくさん楽しみました。 |
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奈良尾港まで送っていただきました。奈良尾港ジェットフォイル17:05発、長崎港18:20着です。ホテルは港近くです。 |
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天気も良く揺れずに快適でした。 |
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ホテルにチェツクイン、すぐにホテルで聞きすぐ裏の魚たけで食事をしました。新鮮なお魚が美味しくいただいていますと |
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女性3人が入ってきました。お話してますと住まいが近くでした偶然とは言え驚きました。 |
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いろいろお話をしまして楽しい時間を過ごしました。 |
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