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| ホテルを出かける前に近くのビクトリアの滝に行きました。虹がでてきれいでした。カバにあえるかと思いましたが | |||
| 顔を出してくれませんでした。 | |||
| カッパを着て最後のザンビアからビクトリアの滝 | |||
| ザンベジ川の横を歩き{ナイフ・エッジ・トラック}という名前の遊歩道を歩き、東の滝へ 遠くにクトリアフォ−ルズ | |||
| 大橋も見えました。この大橋ではバンジージャンプも出来ます。やがて大豪雨のように水しぶきを浴び | |||
| フットブリッジを渡りますもう、目も開いていられないほど凄く歩くのが大変でした。。 | |||
| 2つの国を跨いでいるビククトリアの滝、色々な方向から観賞できました。どこから見ても素晴らしい滝、 | |||
| 遠い国ですが、こられて嬉しいです。 | |||
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| デビット・リビングストン | |||
| 1813年スコットランドのグラスゴー郊外の労働者の家に | ![]() |
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| 生まれました。苦学をしながらグラスゴー大学で医学と | |||
| 神学を学び1840年にロンドン伝道教会に入り1841年 | |||
| にアフリカに派遣されて布教活動を行いました。 | |||
| 1849年〜1856年第一探検を行い大西洋のナミビアから | |||
| インド洋のケリマネに行ったり南アフリカを横断しました。 | |||
| その途中、1855年ビクトリアの滝を発見しました。 | |||
| しかしそれ以上滝にはばまれて進むことが出来ません。 | |||
| その後も探検を続け400Kmにも及んだと言います。 | |||
| 1873年60歳のときザンビアのチタンボで | |||
| 赤痢にかかり死亡。遺体はロンドンに運ばれ、 | |||
| ウエストミンスターに眠る。心臓はアフリカの大地に | |||
| あるそうです。 | |||
| ホテルに戻り着替えてザンベジ・サンホテルを出発、リビングストン空港へ ガイドのフランシスさんとお別れ | |||
| これから長いフライトで日本に帰ります。 | |||
| SA13:10 ヨハネスブルグへ 免税店にてアマルーラのチョコレートを買いました。 | |||
| SA17:20 香港へ 約13時間のフライトです。疲れていたのでしょうか?よく寝ました。 | |||
| NH15:00 成田空港へ 20:15無事に日本に着きました。 | |||
| 今回、飛行機に乗った回数は10回でした。遠い国に行ったのですもの? | |||
| 素晴らしい思いで多い国でした。ツアー皆さんお世話になりましてありがとうございました。 | |||
| 家で待っている家族そして夫に心より感謝いたします。 | |||
| ナミブ砂漠南部アフリカ5ヵ国 |
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| 成田空港〜香港〜南アフリカ・ヨハネスブルグ 〜 ナミビア・ヴィントフック |
Naritaairport〜Hong Kong〜South Africa Johannesburg 〜Namibia Windhoek |
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| ナミビア | ヴィントフック | Namibia | Windhoek | |
| ナミブ砂漠 | Namib Desert | |||
| 南アフリカ ケープタウン |
ロベン島 テーブルマウンテン |
South Africa cape Town |
Robben Isiand Table Mountain |
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| 喜望峰 ボルダ−ズビーチ |
The Cape of Good Hope Bouiders Beach |
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| ザンビア リビングストン |
アフタヌーンティ ロイヤル ビクトリアの滝 |
Zambia Livingstone | Afternoontea Royal Livingstone Victoria Falls |
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| ボツワナ チョベ国立公園 |
リバークルーズサファリー ドライブサファリー |
Botswana Chobe National Park |
River Cruise Safari Drive Safari |
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| ジンバブエ | 遊覧飛行 ビクトリアの滝 ザンベジ川の サンセットクルーズ |
Zimbabwe | Excursion Flight Victoria Falls Zambezi River Sunset Cruise |
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| ザンビア リビングストン 〜成田へ |
ビクトリアの滝 ナイフエッジトラック遊歩道 日本へ帰国 |
Zambia Livingstone 〜Narita |
Victoria Falls Knifeedgetrack Esplanade Narita Return |
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