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| ワルシャワ中央駅9:00発からトルン本駅11:48着に乗りました。車内は部屋になっておりました。向かい合いに椅子が | ||||||||
| ありました。席は満席です。外は高原が続きます。天気が素晴しいので空がとても綺麗です。 | ||||||||
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| 世界遺産の中世都市トルン。13世紀にドイツ騎士団によって拓かれた町は15世紀には商業都市として発展を遂げました。 | ||||||||
| 石畳みの道にレンガ造りの建物が並んでいます。旧市街は中世のままの姿を今も留めており、 | ||||||||
| ヨーロッパ一美しいとさえ言われています。 | ||||||||
| 又、トルンは地動説を唱えた偉大な天文学者コペルニクスの生まれ故郷として知られています。 | ||||||||
| 中世以来、変わらぬ旧市街は多くの人々が関心を寄せてきた都市です。 | ||||||||
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| 旧市庁舎 Old Twron Hall | ||||||||
| 旧市街の中にあるトルンの歴史の中で最世紀に建てられた建築物群はとても良い状態で保存されています。 | ||||||||
| ゴシック建築指折りの傑作に数えられている旧市庁舎、北ヨーロッパではどこよりも壮麗な市庁舎と言われています。 | ||||||||
| 当時、市庁舎内には商人たちの住居、織物取引のための織物会館、市議会、裁判所などがありました。 | ||||||||
| トルンの富を象徴していました市庁舎は、歴代の王の宿舎の役割も果たしておりました。 | ||||||||
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| 高さ40mの旧市庁舎の塔からトルンの全景を眺めることが出来ます。 | ||||||||
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| 旧市庁舎の中にある博物館 Museum | ||||||||
| ステンドグラスや14世紀に作られたキリスト像などが飾られております。 | ||||||||
博物館の展示 ![]() |
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| ドイツ騎士団城跡 Ruins of Teutonic Knights Castle | ||||||||
| ドイツ騎士団が勢力を強めていった時代、都市として大繁栄を極めたトルンはヨーロッパの重要な商部の | ||||||||
| ひとつと数えられておりました。バルト海への重要な水上交通路でありましたヴィスワ川に面しているという好立地の | ||||||||
| おかげで、貿易による取引が町に豊かな富をもたらしたのです。 | ||||||||
| ヴィスワ川に沿った旧市街地の東のはずれに、公園の中にレンガの廃墟があります。ドイツ騎士団によって建設された城の跡で、 | ||||||||
| 15世紀半ばにトルン市民軍の蜂起によって破壊されてから500年以上にわたって放置されて、今は風だけが吹き抜ける | ||||||||
| 廃墟になっています 。 | ||||||||
ドイツ騎士団城跡 ![]() |
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| コペルニクス生家 Birthplace of Copernicus | ||||||||
| トルンはコペルニクスの生まれ故郷として知られています。中世の曲型的な商家に生まれました。銅を商う裕福な家です。 | ||||||||
| コペルニクスは幼い時に両親と死別しました。司祭をしておりました親戚で育てられました。1491年にクラクフの | ||||||||
| ヤギェロン大学に入学しました。そこで初めて天文学に出会いました。現在、生家は博物館として保存されております。 | ||||||||
| 実際に彼が愛用した道具の数々が展示されて興味深いものでした。 | ||||||||
![]() コペルニクスが使った道具など |
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| 聖母マリア教会 ST, Mary,s Church | ||||||||
| 星模様で飾られております。会場内ずらりと並んだ14世紀のゴシック風壁画。その歴史の長さからにじみ出る | ||||||||
| 華麗さは素晴らしいです。ステンドグラスの細やかな細工がそこを離れられませんでした。 | ||||||||
| 聖ヨハネ大聖堂 ST. John's Co-Cathedral | ||||||||
| 1260年に着工したトルン最古の教会。すべてが完成したのは15 世紀のこと。コペルニクスが洗礼を受けた際に使われたと | ||||||||
| いう洗礼盤や胸像をなど、 歴史的な価値を秘めています。 | ||||||||
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